2009/11/05

■「弥々」の毬谷友子■

091105_084901 パソコンに向かって、「書けるかな」と思いながら、キーをたたいている。

毬谷友子の『弥々』を観たのは先週10月28日の水曜日。あれから一週間が経ってようやく「書けるかな」というかんじになった。といっても、まだはっきりとはしていなくて、決定的なある部分は薄ぼんやりしたままだけれど。

はじめて毬谷友子を、『弥々』を知ったのは、二十代の後半くらいだったと思う。

あの頃はしょっちゅう資料を探しに新宿の紀伊国屋書店に行っていて、あの薄暗くて狭い階段の壁に、『弥々』のちらしを見たのだった。なにに惹かれたのだろう、それはよく覚えていないけれど、私は、その日に、ひとり分のチケットを購入した。

そして紀伊国屋ホールで、『弥々』を観た。なにを、どのように、ということは全く覚えていないのだが、ただただ、圧倒され、はげしく感動したことはよく覚えている。くらくらになりながらホールを出て、ひとり新宿の街を歩いた。

それでも、私は「芝居」はあまり好きではなく、映画はたくさん観るのだけれど、芝居には足が向かないので、毬谷友子のものはすべて、というファンにはならなかった。それでも創作上のベクトルがときおり、そちらに向かう。

たとえば、はげしく敬愛する坂口安吾の「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」を、野田秀樹がミックスして創った「贋作 桜の森の満開の下」という舞台、夜長姫を毬谷友子が演じていた……ということを知り、ネットを隅から隅まで探して、でもDVDはなくて、VHSのテープを入手したり、映画『外科室』に出演していることに感激したり。そして昨年は「いさかい」を観に行き、その才能を目の当たりにした。

その程度なのだが、私のなかでは、特別な、女優。

そして、10月28日。私自身に異変が……。

と、あいかわらずオーバーな表現だと揶揄されそうなのだが、毬谷友子が舞台に登場し、『弥々』の物語が始まったら、胸が、なみうつように、動き始めた。

あれ、やだな、こんな序盤から涙が。

と動揺するほどに。そんなかんじだった。

物語の筋は知っているから、涙はきっと物語自体にではない(物語がよくないというわけではない、念のため)。

だから、私の『弥々』に対する視線、姿勢は、「正しくない」のかもしれない。

けれど、事実として、およそ百分の物語が終了したとき、私は嗚咽を止めることもできず、毬谷友子の挨拶が終わったとたんに化粧室にかけこんだ、そして水を流しながらハンカチで声を殺しながら泣いた。

こんなことって、いままでにあった?

と自問する。

それよりも。なにより重要なのは、この涙は、この動揺は、この感動はなに?

ということなのだった。

私は、あの舞台の、何に、こんなに感応してしまったのか。

そんなふうに、考えながら、はっきりとはわからないままに一週間が過ぎている。そんな状態。

わからないままに、それでも今の気持を書き残しておこうとするならば、やはり、あの舞台、ひとりきりの舞台で『弥々』を演じていた毬谷友子は、とっても「生きている、」というかんじがしたのだった。

「生きるということ」のすべてがあの瞬間にあり、その姿、熱空間に、私は美を見たのだと思う。

こころのそこから信じられるもの。すばらしいと心底おもえるもの。それを毬谷友子はもっているのだと思った。それは毬谷友子の父である作家の矢代静一が娘に残した脚本であり、父が残した作品に、疑問をひとかけらも感じることなしに、彼女はどこまでもピュアに、てらいもためらいもなく、演じることがこんなに好きなのだという空気をいっぱいに身にまとって、そこに存在していた。

「いさかい」のとき、私はこのブログに「才能の化身」という言葉を使った。

今回はそれに加えて熱情が、真摯なパッシオンともいうべき熱情が、そこにあった。それは私が信じたい生の形だった。

私がもっとも信じるところの恋愛という形ではなしに、ひとりの人間が、ひとりの人間を、これほどまでに、うつということが、人生には起こりうる。そういう意味で、やはり、あれは私にとって特別な芸術作品そのものだったのだ。

いや、もしかしたら……。マグダラのマリア弥々に、私は心うたれたのかもしれない。いつのまにか毬谷友子ではなく『弥々』そのひとに。と、いま、ふと思って、せなかがぞくりとした。

*「いさかい」の記事はこちらから。21日の記事です。

*『毬谷友子ひとり語り 弥々』ちらしより、抜粋。

[戯曲は文学であるべきだ]と父が言っていたことを思い出します。[ひとり語り 弥々]はそんな父の言葉に対するオマージュです。そして矢代静一の原稿用紙の中に来てくださった皆様に、一対一で弥々と向き合っていただくことができたら、と願いを込めた私の挑戦です。どうか、弥々が皆様の心の中に何かを残していくことができますように・・・一人でも多くの方に弥々を知っていただけますように。 毬谷友子

11月 5, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/10/21

■なんども恋におちる恋■

091021_081601 昨夜は頭が冴えて落ち着かなく、少しだけブランデーを、と思ったら久しぶりにくらくらするまで飲んでしまった。酔いは妙なことをさせるから、夜遅いというのに昔の原稿やらノートやらの整理をはじめ、過去を半分くらい破棄した。

その昔のノートに「決定的に恋におちた」という言葉があって、なんだそれは、と(自分で書いた言葉なのに)つっこみをいれつつも、(自分で書いた文章なのに)面白く読んだ。

それは、あるマンションの屋上のプールでの出来事。何人かで騒いでいて、私は水に入らずに日焼け止めをぬりたくり、大きなサングラス、大きな帽子、さらにパラソルの下で完全に紫外線から身を守った状態で、はしゃぐみんなの様子を見ていた。

すると、そのとき、出会って間もない恋の相手が私の名を呼んだ。そして水のなかからジャンプしながら、私に手を振った。強い陽射しと彼のウエーブがかった髪、そして百パーセントの笑顔が、瞬間、私の心にうそのように強烈に焼きついた。そのとき、そう、今でもよく覚えている、「いま、私、このひとに、ほんとうに恋をした」と感じたのだった。

恋をして、そのひとを知り始めてしばらくしてから、それでも「ああ、私、いま、恋をした」と感じる瞬間がある。それは私がノートに書きつけたように「決定的に恋におちた」瞬間といってもいいかもしれない。

そんなことに想いをめぐらせると、ああ、あの映画のあのシーンもそうなんだ、といくつか思い浮かぶ。

私にとっての特別なひと、アナイス・ニンの日記を原作とした映画「ヘンリー&ジューン」のなかにもあった。

映画館でぼろぼろと涙を流すヘンリー・ミラー。ふだんの彼と異なる顔。それを見たアナイス・ニンは、そのとき彼の魂、感受性というものに鋭利にふれたのではなかったか。あのとき、アナイスは、決定的に恋におちたのだと思う。

そして、特別な相手との恋は(もちろんどんな恋でもいつかは終わりがくるのだけれど)、その恋愛中、なんどもなんども、決定的な瞬間を経験する、そして関係が深まってゆく。

軽井沢は感傷的な季節になりました。木々の色彩が、いいよ、もう夏も初秋も通り過ぎたことだし、自分のなかに入り込んでいいよ、と許可してくれているように、感じます。

10月 21, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/10/12

■自己撞着と陰影と表現行為■

091012_111001 軽井沢の「アートコントラーダ」、今年は「浅間山発 ヴェネチア行き」、「現代美術を偏愛した男と女」というぞくっとするタイトルに惹かれて出かけ、男「池田龍雄」と女「増田洋美」の、力強い「表現」の姿勢に、震えを体験した。

ひとりで行くのは嫌だからと、娘につきあってもらって、最後に「おつきあいありがとう」と言うと、彼女は「うん、でも、あのガラスのインスタレーションが見られたからよかったよ」と答えた。「怒り、っていう題の、和室にあったあの黒と銀のが、よかったよ、あれは見られてよかった」と。

私は池田龍雄の世界、自分のなかにあって、いつもは表層に出てこないように抑えこんでいる熱くて柔らかなかたまりが、うずくのを、不安と期待のなかで感じていた。

パネルにあった池田龍雄の文章に出逢い、夢中でノートに書き写した。

瀧口修造の文章の引用があった。

***

芸術は自己撞着である。生そのものも同じ。しかし人間の表現行為は厳として存在する。それは絶えず体制をはみ出し、意味の世界の彼方を指すだろう」

芸術が自己撞着であることを悟っていた瀧口こそまさに大いなる矛盾のかたまりであった。

***

芸術も、生も、自己撞着なのだ。自己のなかに激しい矛盾を抱え、その矛盾が擦れあい熱を発する。

唐突に思うのは、そうか、自己撞着という言葉から遠いひとが、もしかしたら、このところ、私が「もっともなりたくないひと」として意識することの多い「陰影のないひと」なのかもしれない。

現代美術を偏愛した男と女の、「表現行為」の場の脇、国道18号線は渋滞していた。みんな、何を目指してどこを目指して、ここを通り過ぎていくのだろう、そんなことを思いながら、丘の上から渋滞する車をしばらく眺めてしまった秋の夕刻でした。

「アートコントラーダ」、詳細はこちらからどうぞ

10月 12, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■, :::言葉の泪壺::: |

2009/09/27

■プロフィールの写真■

110 「ココ・シャネルという生き方」関連で、取材を受けることが増えて、そのためのプロフィール写真が必要となった。もちろん、運転免許証ではないのだから、数年前のだっていいのだけれど、それらは髪も長いし顔も(今より)若いし、なんとなく気がひけて、新たに写真を撮ることにした。

「ほうれいせんがくっきりなのはいやだからね」「なるべく顔がどーんとうつらないようなかんじで」「左側からね」「肩から腕にかけてのライン、大丈夫?」

うっとうしい注文を飛ばしながらの撮影となる。返ってくる言葉は、「もう、これはどうしようもないよ」「これ以上とばすと、顔がまっしろになるよ」「せいけいしてきたら」等々。

いくつかピックアップして、それでも「どれもだめだ」と嘆く私に、「こういう顔してるんだよ」と声がかかる。そして畳みかけるように、「実際に会ったとき、うわあ、あの写真はめちゃくちゃ修正いれてるな! と思われるのと、写真よりいいじゃん! と思われるの、どっちがいい?」という意味不明な質問が。

あらためて、女性誌を広げて、いろいろなひとのプロフィール写真を見る。だいたいが、カメラ目線でにこやかだったり、クールに決めていたり、している。……うーん。

モデルじゃないんだし、そんなにこだわることないよ。

とほうぼうで言われる。けれど、こだわらなくてどうする、とそのたびに思う。

ヘアメイクやファッションと同じ。自分をどう見せたいか、どう見られたいか、という問題なのだ。けれど、それは美醜とは違う。そう。実物より「美」くしく見せたい、とはあまり思わない(ほうれいせん云々も、もうしょうがないとは思っている)。じっさい、「わざとヘンにしてるの?」という質問を受けることも多い。

じゃあ、なんなのか。

はい。たぶん、これは私にとって、哲学的な問題なのです。笑わないでください。そこのあなた。私のそのときの、私の人生のそのシーズンを象徴するような写真が欲しいのです。そこからたちのぼる空気感で、それが感じ取れるような、そんな写真が欲しいのです。

9月 27, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/09/17

■なんども「エレジー」&「ダイング・アニマル」■

Elegy 以前に、「はやくも2009年のベストワンかも」「それほどに私好みの映画だった」、とここに書いた「エレジー」、DVDを購入したのが10日前。すでに二回、観てしまった。

Photo そして、夜はその原作本である「ダイング・アニマル」(フィリップ・ロス)を読みふける。ベッドのなかで鉛筆片手に、ラインを引きながら、ゆっくりと反芻する。

なにがそんなに好みなんだろう。と考える。容易に答えが出る。主人公の男と女。両方に強烈に共鳴できるからだ。男の姿にも、女の姿にも、自分を重ねることができる。それぞれの欲望のかたち、おそれ、熱。

ここまで惹かれる映画は稀だ。人生のなかで、何度も観たくなるような映画なんて、それほどないんだな、とここのところ強く思っている。

「めぐりあう時間たち」「ヘンリー&ジューン」「ダメージ」「ピアノ・レッスン」「存在の耐えられない軽さ」……そして「エレジー」。

エレジー。サントラまで注文してしまった。明日届くのが楽しみ。しばらくは、エレジー色の日々を送るだろう、送りたい。

昨夜はひどい孤独感と悲劇感のなかで、苦しかった。理路整然と考えれば、その孤独も悲劇もすべて自分で選び取ったものなのだと知ってはいても、小さな子どものように、ただ感情にまかせて駄々をこね泣きじゃくり、頭を撫でてもらいたい。理不尽したい。

今朝、車の気温表示が9度でした。ああ。昨夜も寒かった。そうか、寒いから、あんなふうになっちゃったのね。と、高原の気候のせいにすることにしましょう。

9月 17, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/08/31

■いろんなものから、遠く離れて■

090901_111401 このところ夜はずっとアナイスと寄り添って眠る。アナイス、私の理解者私の分身私自身。……なんて、自由に書くことの快楽。

何度も登場している(ような気がする)「インセスト アナイス・ニンの日記」を、何度目かで、読み直しているだけのことなのだが、やはりアナイスは私にとって特別なひとだ。

昨夜は次の部分が痛いくらいに染み入って、暗記するほどに何度も何度もたどってしまった。

***

寂しくてしょうがない。私がいつもヘンリーにしてあげているようなことを、私にしてくれる人が欲しい。私は彼が書くものはすべて読む。彼が読む本は私も読む。彼の手紙には必ず返事を書く。彼の話を聴き、言ったことをみんな覚えている。彼のことを書く。彼に贈り物をする。彼を守る。彼のためならいつだって、誰だって諦められる。彼の思考をたどり、参画する。情熱と母性と知性をかたむけて彼を見守っている。

では彼はどうか。私のために、彼にはこんなことはできない。誰にもできない。誰にも、そのやり方がわからない。私の才能、私が生まれながらに持っているものだ。

ヒューゴーは私を守ってくれるが、応えてはくれない。ヘンリーは応えてくれるが、私の書くものを読む時間がないし、私の気持をこまかく察してもくれない。私のことを書いてもくれない。父は女といってもいい思い遣りはみせてくれるが、私の仕事には関われない。私に与えられるものは不完全な、不満足な、焦燥をそそる断片だけ。だから私は寂しい。だから日記の中で私は私が欲しい応えを書き綴る。自分で自分を養わなければならない。私に愛は与えられる。だが、愛だけでは充分ではない。どのように愛するかを誰も知らない。

***

ああ。アナイス、貴女の強い自己愛を私は強く愛します。

夏が終わった軽井沢の、最後の緑に妙な生命力を感じる今日この頃です。

8月 31, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/08/09

■美のサロン、Cielと若き殿方■

799 出会いに導かれて、ビューティーケアサロン「Ciel」で「睫エクステ」を。これがとっても気に入っている。(写真は、「Ciel」受付風景)。

ここ半年くらいはエクステなしの「マスカラ努力」をしてきたのだけど、「やっぱり、こっちのほうが綺麗だな」と思う。それなりの時間と費用がかかるのだから、そうじゃないと困るのですが。

軽井沢に本格的な美のサロンができて、ほんとうに嬉しい。

どちらにしても、「綺麗になりたい」欲望が強いシーズンというのは、健康上からいえば、よい傾向。仕事上からいえば、あまりよくない傾向。原稿に埋没しているときは、エクステとかネイルとか、ヘアサロンからも遠ざかるものだから。

「Ciel」さんへと私を導いてくださったのはとっても若くて爽やかな殿方。最近なかよしになりました。彼のブログで、私のことや本のことをご紹介くださっています。

こちらからどうぞ

8月 9, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/07/05

■同じ誕生日のふたり■

090705_154101 あなたは、夏になると活動的になるね、軽井沢の冬が好きだとか言って、毎年長い冬の間こもりモードになるけど、私は活動的な夏のあなたのほうが好きです。

と、知人に言われた。

冬のこもりモードがないと、まとまったものが書けないから、もしかしたら憧れの季節労働者に近づいているのかも! と意味不明なことを考える今日この頃の、眠る前の本はサガン、「私自身のための優しい回想」。

昨夜は、サルトルとのくだりを読んで、なんだかとても胸が熱くなった。熱くなった後、ぐーっと眠ってしまったけれど。

サガンとサルトルの年齢差は30歳。

サガンは物ごころ……というより「作家ごころ」ついてからサルトルを敬愛していた。

サルトルが七十四歳の時、新聞にサルトルへの愛の手紙を発表。

ふたりはサルトルが亡くなるまでの一年間、とっても親密になり、10日に1度、と約束して夕食を共にしていた。

盲目となっていたサルトルは動作もかなりぎこちなかった。周囲のひとたちはそんなサルトルについて「耄碌した」などと嘆いてみせたけれど、サガンはそんな人々を悲しみ、サルトルのすべてを愛した。

「私は彼の手をとって支えるのが好きだった、そして彼が私の精神を支えてくれるのが……」

「あの陽気な、勇気ある、そして男らしい声を聴き、彼の話題の自由闊達さに耳を傾けさえすればよかった」

ふたりの会話! どんなに魅力的だったことだろう! 想像しただけで胸が躍る。

ふたりの間にたしかに存在する敬愛の感情、出逢うべくして出逢ったという確信、言葉の一致、ともに過ごす時間に対する意識(どれだけ貴重なのか、痛いほどに感じているということ)、そういうものが夕食のテーブルの上に、あっただろうと私は想像する。

サルトルは1905年6月21日に生まれた。

サガンは1935年6月21日に生まれた。

こういう運命的な一致にサガンもサルトルもぞくりとしただろうけれど、サガンの愛読者の一人である私も、ぞくりとし、人と人との出逢いということに想いを泳がせるのです。

7月 5, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/05/24

■そういうひとのいる幸せ■

090524_093101_2 時間の重みと、芸に命をかけた人々のおもいを、感じる、それは物語をつくるひと、演じるひと、演出するひと、音楽、衣装、道具……舞台をつくるすべてにかかわった人々の、おもい。

奇跡的な色彩の美しさ。

その世界へいざなってくださるひとのいる幸せ。

美しいものは、人生の憂鬱をすこし払ってくれて、美しいものは、人生によろこびがあったのだということを、しずかに思い出させてくれるのでしょう。

5月 24, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/05/22

■気持のよい日■

090518_133301 今週の水曜日は、「これほどまでに快適な日は、一年に何度あるだろう!」と感嘆するほどに、よい気候だった。晴れていて、ちょうどよい気温、湿度で、緑は濡れたような色彩で、そして、必殺(意味不明)「そよ風」。

あまりにも気持が良いので、仕事場の窓から庭のようすを撮った。

そしてこの日は……。お昼はとっても久しぶりのお友達との会食。そして午後から夜にかけては、これまたとっても久しぶりの知人が、軽井沢にいらして、仕事がらみではあるけれども、楽しい遊びをしているような時間を過ごせた。

毎日、このくらいのテンションで過ごせたら、私はいい人になれそうな気がする……。

眠りにつくまえにそんなことをふと思いました。

5月 22, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/03/16

■横田増生さんの本■

友人から薦められて読んだ。「フランスの子育てが、日本よりも10倍楽な理由」

序章「フランスで子育てしながら考えた 日本の子育てはなぜ苦しいのか」を読み終えたとき、すでに、かなり著者に共鳴していた。男性なんだけど、自分と同じ悶絶経験をしていた。

090316_164801 「子どもを育てながら仕事をする上で一番辛いことは、時間がつねに“引き算”になることだった」

子どもの風邪、怪我その他。

「仕事の時間が減ることはあっても、増えることはない」

「しかし仕事が二の次という状態では、やる気を失わないようにすることが肝心だった」

第四章「親になるとはどういうことか」も好きだ。ぜんぜん説教臭くなく、それでも根本から、自分の言葉で考えている。専業主婦願望についての「今」の「事情」は、勉強不足もあって、初めて知ることばかりで愕然として、立腹モードになった。やっぱり、私は、誰かにべったり依存して人生をおくったれ、と最初からそれを目標にしている人たちが嫌いだ。

……と、私は好みで、著者の個人的な経験のところばかりに集中していまうけれど、この本の趣旨は、帯にもあるように、これだろう

「無職のシングルマザーでも四人の子どもを育てられる国と共働きでも子育てに経済的な不安を感じてしまう国の違いとは?」

「先進国でフランスだけが出生率を2.0以上に回復させた秘密!」

伝えたい、という情熱があふれている本でした。

読了後にふと坂口安吾を思い出したくらい。

「問題は、汝の書こうとしたことが、真に必要なことであるか、ということだ。汝の生命と引き換えにしても、それを表現せずにはやみがたいところの汝みずからの宝石であるか、どうか、ということだ」

軽井沢、一日の寒暖の差が悪魔的な季節となっています。

3月 16, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/03/06

■マンマミーアとお雛様、カラフルなひととき■

メイ・サートンの言葉、「生活はかたまってやってくる」をかみしめている日々。

精神の缶詰状態がかれこれ三ヶ月続いている。

平日は朝6時20分に起こしてもらって朝のあわただしい時間を過ごす。一人になるのが8時ちょっと前。ここから娘の帰宅時間(ほぼ4時半)まで、ほとんど机から離れないことになる。もちろんストレッチしたり、軽く何かをつまんだりはするけど。

それで、夕刻になって娘が戻って、家の中の色彩ががらりと変わって、彼女が寝る8時半までは、だだだ、と時が流れる。

090306_080201 昨日は、夕刻の「だだだ」と時間が過ぎる、そのときに、踊った。今週末、用事があり娘と東京に行く予定が入ったので、ついでに「マンマミーア」を観ようということになった。それで「予習」をしようとCDを借りてかけたら、身体が動き出してしまった。そこで、二人ででたらめダンス。思い切り馬鹿なダンスをして、めちゃくちゃ身体を動かしたら、すごく頭がすっきりした。

たしか、すぐにしまわないとお嫁にいきおくれる、と昔の人はおっしゃっいましたが、3月3日が過ぎても、まだしまわれることのないお雛様を横目に見ながらのマンマミーア、ブログに書き残したいほどに、楽しく、とてつもなくカラフルなひとときでした。

3月 6, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/02/18

■誕生日■

090218_115801 昨日は娘の10歳の誕生日だった。10歳とか40歳とか、そういう区切りが私はなぜか好きみたいなので、特別の思い入れがある一日だった。

まったく、10年前には、自分の誕生日よりも感慨深い誕生日というのが存在するなんて、思いもしなかった。

また、ある誕生日がそのひと自身にとってだけでなく、自分にとっても重要な日になりうる。そんな誕生日があるのだと、愛した男性以外で、そんなのがあるのだと、10年前は知りもしなかった。

10歳の娘に贈る言葉を考えた。あれこれカードに書いたけれど、要約すれば次のふたつ。

「おめでとう」と「ありがとう」。

2月 18, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/02/02

■浅間山■

昨日から、注意を促がす有線放送が繰り返し流れていたけれど、やはり、噴火したようで、今朝、車が火山灰で白くなっていました。

早朝から、小学校の連絡網がゆきかい、「登校時にはマスク着用のこと」。

ラジオでもトップニュースで、とりあげていました。

娘を小学校まで車で送ったら、、正門にテレビカメラが。きっとマスク姿で登校する児童を撮るのでしょう。

090202_080801 写真は、ストーンデッキです。よくわからないのですが、うっすらと灰がつもっているのです。

車の乗り降り時にも、息をつめてしまいます。目には見えないけれど、その臭いが、「空気中に灰あり」を教えます。

2月 2, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/01/26

■「イチャイチャ」と「ヘアスタイル」のこと■

このところ、こもりモード。家でずっと原稿と格闘している日々を送っている。足腰が弱ってくるようで嫌になったり、でも、ノーメークな日々だったりもするからお肌がぴちぴちだわ、と喜びを見出してみたり、そんな、しょうもないことをあれこれしているわけだが、先日、用事があったので久しぶりに外出をした。娘が一緒だった。とあるデパートの、とあるSamantha Thavasa DELUXEというお店の前を通りかかった。

「あなたも、あと少ししたら、ここのが欲しい、とか言うのかな」と言う私に、「いや、ないね」と返答する娘。「だってさ、このお店のっていつも思うんだけど、イチャイチャしてるんだもん」

イチャイチャしている!

なんだかすごく懐かしい言葉だ!

ちょっと感慨にふけって、それから「イチャイチャする」の正しい使用法を説明、「だから、あなたの使い方って、私のイメージ的には、めちゃくちゃ、よいわけよ! 最高! 受けた! 確かにイチャイチャしているよね!」

と、私はひとりで、喜んだのでした。

ところで、昨年末に髪をかなり切ったのだが、だーれも、何も言ってくれない。たしかに雰囲気がそんなに変わらないなあ、とは自分でも思っていたけど、あらためて、自分が意識しているほど、人は自分のことを見てくれていないのだな、と感じました。ひゅるる……と寒風が胸を通り過ぎてまいりますが。

081002_194401 ところで、いつもの美容室シエスタさんに、見せたイメージ写真はこちら。いっつもラブラブ、仲のよいご夫婦。おふたりの表情がこわばっていた、と思うのは気のせいでしょうか。「もちろん、顔までそうなれるとは思っていないですから」と、伝えたのですが。

もうあれから一月。早いとこ、仕事ひと段落させて、シエスタさんへ行きたいです。

1月 26, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2009/01/14

■桜井和寿、彼の世界、言葉の力■

人生には季節があって、それぞれの季節には、アップダウン激しい毎日の暮らしがあって、その暮らしは、何色もの色彩で構成されている。

精神的にも物理的にも、あわただしい年末年始を過ごして、ようやくひといきついている今、そんなことを思う。

大晦日、浜松のホテルで紅白歌合戦を観た。普段テレビのない生活をしているから、ホテル滞在時は、テレビを観るのがイベントになってしまった。紅白歌合戦、テレビのある時代だったら、観たいとも思わなかったのに。

昨年の紅白は、ミスターチルドレンが出るというので、見逃せなかった。全てをそれに合わせてスケジュールしたくらい。

それで、「GIFT」を聴いて、泣いて、私の2008年は終わった。

090114_130701 年が明けて、ふと思い立って、ミスターチルドレンの新譜「スーパーマーケット ファンタジー」を買った。でも、執筆中の作品にすっかり入り込んでしまっていたので、そのままにしておいて、さっき、はじめて聴いた。

というわけで、今、桜井和寿でいっぱいになっているわけですが、私、やっぱり、彼の世界が好きだなあ。

「水上バス」という曲があって、これ、そんなにインパクトはないけれど、心に、染み入った。

愛しいひとがいる景色を目にして

***

そんな透き通った景色を

僕の全部で守りたいと思った

***

と歌うのだけど、このところに、自分自身の、「いま、この瞬間を、この景色を、私の全部で守りたい」と思った記憶が重なって、ふるえた。

「口がすべって」

この世界も好きだ。

***

口がすべって君を怒らせた

でもいつの間にやら また笑って暮らしてる

分かったろう

僕らは許し合う力も持って産まれてるよ

ひとまず そういうことにしておこう

それが人間の良いとこ

***

「ロックンロール」も、痛いほどに、重なってしまった。わが人生と。

・・・と、このように、夥しい数のミスチルファンの一人として、感動にうちふるえ、いつの日か、桜井さんと話をしたい、とあらためて願うのでした。

元気です。こんな日がいっぱいあればいいのに、と思うくらい。愛情みたいなものがいっぱいにつまっていて、気持が良い昼下がりです。

1月 14, 2009 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/12/17

■三人の好きなひと■

081217_090201 すこし早く着いてしまった東京駅、新幹線の時刻までの十五分を、駅構内の書店で過ごした。文庫のコーナーで、迷わず手に取ったのがこれ。

中島義道の「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」。

偏愛する中島せんせいの未読の著書を文庫で発見しただけでも嬉しいのに、カバーがポール・デルボー、大好きな画家、そして「解説」が中村うさぎ。好きな人三人がいる本なんて、そんなにあるものではない。

帯を取って読んでいて、なくしてしまったけれど、そこにはたしか、こうあった。

「中島先生、私はあなたに救われました」中村うさぎ

私が好きな作家が私の好きな作家の作品を読んで私と同じように感じている。ちょっとした感動があった。

今回、とても共鳴したのは「組織に埋没してはならない」というテーマ。

中島せんせいは、イチローをはじめとする日本人が大リーグなんかで活躍しているのを「わがことのように」喜ぶ光景に違和感を感じる。郷土意識もゼロ。母校への愛着もナシ。

私もまさにそうなので、なんだか安心してしまった。生まれた中央区が、育った伊勢崎市が、そして今いる軽井沢が、誰かに貶められても、なんにも感じない。母校がどうなっているかなんてぜんぜん興味がない。「○○出身のひとは・・・」という、国や、地域や、学校で、人を分類しようとするやり方にはいつも苛々する。オリンピックもサッカーも「日本人」という立場では盛り上がれない。

今まで、意識的に、組織を愛する自分を演じてみたことはあったけれど、長くは続かなかった。自分のことを紹介する文章(いわゆるプロフィール)で、出身校について書いていないことを、しばしば問われるけれど、それは、

「それは自分の人生のおいて、さほど重要ではないし、今の私を表現する上で、まったく重要ではないと思うからです」。

もちろん、環境が人に与えるもの、組織の恩恵にあずかっているいくつかの場面、そういうのがあるのは重々承知の上で、それでもやはり「個」なんです! という頑固さをずっと持っていたいと思う、朝なのです。

12月 17, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/12/04

■ハンマースホイから受け取ったこと■

081130_155701親友(私にもいるのだ、魂をそっとつつんでくれるようなひとが)が、「めずらしくチケット二枚買ったから一緒に行かない?」と誘ってくれた、ヴィルヘルム・ハンマースホイの展覧会。

私はその画家を全然知らなくて、行く前にウエブサイトをちらっとみて、「静謐な・・・」という言葉と、それに類似した言葉がたくさんあったので、今の私には、「砂漠に水」のように(ああ、陳腐すぎる表現だ)、必要なのかもしれない、と本気で楽しみだった。

  081130_155801

場所が上野の国立西洋美術館。思い出のたくさんある場所で、それだけで懐かしくて涙が出そうだった。ロダンの彫刻を見ただけで、胸がしぼりあげられるような。恋と野心で、ぼうぼうと燃えていたあのころ。……と、おばあさんのように回顧気分。

さてハンマースホイ、私、とっても好きだ。。誰もいない、ドアが異様に目立つ室内画が、だんぜん心に迫ってくる。

これらの絵、私のなかの、キーワードは「距離」。

そう、私は、ハンマースフォイの室内画に、「距離を置け」「拒絶しろ」「ときには自分を守れ」との声を聞いた。

(ここんとこ、ずっと味方だと思っていた異性から、矢が飛んできて当たってしまって痛かったのです)

081202_142201 美術館は混んでいて(週末に行くから悪いのだが)、またしても私は日本のいったいどこに、こんなにたくさん美術ファンが……!……ああ……。

と絶句する。

いちいち並んで歩いて、行列しながら一枚一枚観ることはしない。さささのさ、と、入場料がもったいないくらい早く歩いて、気に入った絵の前では、ねばる。

そんな観賞の仕方が、親友とは同じで、だから、心地よい。極上のひとときって、これをいうのよね。と、胸があたたかくなるような、そんな美術館、そんな美術展だった。

もちろん常設展も堪能してきた。ロセッティの「愛の杯」、こちらは数年ぶりの再会。相変わらず、美しかった。

帰宅して「ああっ、楽しかったー」と言ったら、「久しぶりに聞いたなあ、そのトーン。よかったなあ」と返事が返ってきて、今日一日の重要さを再認識したのでした。

12月 4, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/11/18

■ハービー・山口さんと過去■

081118_082301 ハービー山口さんの、トークショーに参加した。

「写真家ハービー山口 写真を語る 人と向き合う撮影」。ミッドタウンの「フジフィルム スクエア」、定員100名の会場は満席だった。

一週間前、ミッドタウンに出かけたとき、一緒に行ったひとがフジフィルムスクエアに寄りたいと言ったので、お付き合いし、そこで、ハービーさんの写真と、一週間後のトークショーの案内を見たのだ。

同日、銀座で、偶然、懐かしいひとに10年ぶりに再会、会食の約束を交わしたばかりだった。ハービーさんとも、ざっと10年。しかも、お二人とは以前に同じ場所で、トークショーを開催したことがあり、すこし、こわくなるほどの、出来事だった。

さて。トークショー中、私はハービーさんとの出合いから始まり、まったく接点を持たなかった10年間に、想いをめぐらせていた。

新宿のロフトプラスワンで、ハービーさんをゲストにお呼びし、「モンパルナスのキキ」をテーマに「写真家とミューズ」についてのトークショーをしたのは、娘が生れる前だから30歳か31歳。

そもそもハービーさんと出会ったのは、そうだ、ハービーさんがJ―WAVEで番組を持っていて、そこにゲストとして呼ばれたのだった。「フラウ」の連載を見て私に声をかけてくれたのは、当時番組を作っていた女性、Iさん。

あ! そうだ、銀座で10年ぶりに再会したひとを、引き合わせてくれたのも、Iさんだった。

Iさん、元気にお過ごしだろうか。4年前に一度電話でお話したけれど、その後は会っていない。

それにしても・・・・・・、と私は小さな感動なしで、ハービーさんを見ることができなかった。この10年間、ハービーさんがどのような人生を歩まれてきたのか、もちろん10年前も、暖色のグラデーションを背景にしたような佇まいではあったけれど、さらにそれに磨きをかけた、というか、なんというか、とても、あたたかだった。

そのことに、私は、人間の希望を見て、胸が熱くなった。

と、こんなふうに回想していると、おばあちゃんみたいなので、この辺でやめます。

写真は10年前、「あのころ」の私。世田谷の馬事公苑で。なぜかトイレの壁に貼ってある一枚。

ハービー山口さんの公式サイトはこちら。

http://www.herbie-yamaguchi.com/

11月 18, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/11/11

■六本木のピカソ展、青の時代の反応■

081109_123301 大好きなパリ、マレ地区のピカソ美術館。小説『女神 ミューズ』のトップシーンにも使った、ほんとうに好きな美術館。その美術館が改装されるため、収蔵作品が世界を巡る。

六本木のサントリー美術館新国立美術館の二つの会場で、ピカソ。私は、いつもいろんなところで言っているけれど、「あのときあの場所で観た絵」というのに、異常なほどに執着していて、だから、「あの名画が日本で観られる!」に、興味がない。現地で観たことのある絵ならばもちろん、まだ本物を観たことがなくても、いずれ、その美術館を訪れて、そこで観たい、と思う。

それなのに、サントリー美術館を訪れたのは、ピカソの青の自画像に、今の自分がどのように反応するのか、知りたかったからだ。ピカソの青の時代が、私は好きなのではない。目が離せないのだ。長く精力的に生きたピカソが、一番、死と近いところにいた季節のように思えて、胸が痛くなる。

明るくオープン。

をキーワードにしたシーズンを楽しんでいる自分に、青の自画像をつきつけてみたい。

という、誰かさんたちに言わせれば、「出た出た、自己愛ばりばり」心理となるのだろう。

結果は、やはり、青の自画像は半端じゃないエナジーを持っている、ということを再確認。

それにしても、なんて多くの人が訪れていることだろう。私はミュージアムショップに座って『彼女はなぜ愛され、描かれたのか~大人のための恋愛美術館』を売りたい、と心から思いました。

(と、書いてからネットを検索したら、10万人突破、の記事発見)

081110_104401 ピカソは晩年になって、小さな子どものように絵を描けるようになるまで何十年もかかった、と言ってた。

小さな子どもの絵を背景に、チケット二枚。

11月 11, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/11/04

■青参道アートフェア、表現の、熱い場■

081104_090001 青参道……青山通りと表参道を結ぶ通りの名。響きと、字が、私の好み。

アートフェアに協賛している「H.P.FRANCE(アッシュ・ペー・フランス)」の方との出会いがあり、足を運んだ。

現代アート、今を生きるアート。ここのところ遠ざかっていたので、それらに触れた時、自分のなかにどんな反応が起こるのか、そういう意味で、すこし緊張していた。スパイラルからスタートして、丁寧にご案内していただきながら、私は、実はかなり胸が熱かった。

081030_161501 ひと周りし終わって、何か気のきいたことを言いたかったけれど、うまく言えなくてもどかしかった。その夜、夫に「青参道はどうだった?」と聞かれて、私は言った。

「表現したいという欲望と、それを受け取りたいという欲望があった、そんな場だった。日本も、東京も、アンダーフォーティーたちも、まだまだすてたもんじゃないね、と思えて、なんだかすごく嬉しかった」

ここで「アンダーフォーティー」という言葉を出したのは、スパイラルに展示されていた作品は、アンダーフォーティーのキュレターたちが選んだもの、というところからきている。

ご案内くださった方は、ぴちぴちのアンダーフォーティー。すねた私は、ずっと「アンダーフォーティー」にこだわりつづけたのだった・・・。

H ところで、私は数年前から「H.P.FRANCE(アッシュ・ペー・フランス)」に注目していた(と威張る)。ふだん、ほとんど指輪をいうものをしないのに、つい、購入してしまったあの日から・・・・・・。

こちら、ときどき、覗いて、欲望とたたかっています↓

http://www.hpfmall.com/

11月 4, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/10/24

■年下の男たちと艶っぽいもみじ■

081024_163101 きもちのよい雨が降る日だというのに、ぜんぜん集中できない。集中力のないひと、っていうのはこういうかんじなんだろうなあ、と自分で集中力あり、と信じている私は、しみじみと思った。

今週は、久しぶりに、軽井沢でお酒を飲んだ。30代前半の男性3名と、夜更けまで。ふだん早寝の私は、最後はかなり眠くなってしまったけれど、全体的に濃い内容の集いだったと思う。

いくら、「赤裸々に話してちょうだい」と私が頼んだとはいえ、あんなことこんなことまで告白してくれた彼らに、本気で感謝している。ありがとう。

庭のもみじがまばらに色づきはじめて、そこに雨がばらばらと降り注ぎ、あまりの艶やかさにみとれました。艶やか(あでやか)ではない、艶やか(つややか)。

夕刻に撮った暗い写真なんてないほうがいいのですが、この100倍は色彩がつややかなのだと、想像してください。

10月 24, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/10/21

■「いさかい」の毬谷友子■

081019_154001 十年以上も前に、一人芝居『弥々』で、強烈な衝撃を受けてから、毬谷友子は特別な女優となっている。毬谷友子さん、ではなく毬谷友子とするのは、私なりの敬称。シャネルさんとかピカソさん、とは呼ばないのと一緒。

都営新宿線の森下駅から歩いて五分、ベニサンピットという劇場で「いさかい」を観て来た。

マリヴォー原作で、

***

恋愛における「不実」は、男から生まれるのか女から生まれるのか、その永遠の問いに決着をつけるべく、無邪気で残酷な実験が、今、始まる

***

スタイリッシュなセッティング、ごく限られた客席で、恋愛の原点に潜む凶暴なエゴが暴かれます

***

081020_100201 すっごくそそられて、しかも毬谷友子、観にいかないわけにはいかなかった。

そして、やはり毬谷友子は凄かった、凄まじかった。才能の化身が動いているようだった。映画ではなく芝居・・・・・・瞬間の芸術に圧倒された90分でした。

10月 21, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/10/07

■ヴォーグとカーラとアニー■

081007_075701 新幹線に乗る前に、むしょうにファッション雑誌が見たくなって、時間がないのに東京駅構内の書店に。

ヴォーグを見つけて購入。雑誌を入れるビニールの袋が好きではないので、「袋に入れないで下さい」と言う。購入したという「証拠」の栞をはさんでもらって、重たい雑誌を抱えて新幹線に飛び乗った。

むきだしで、抱えて歩ける雑誌はヴォーグくらいかな、と思いながら。単なる好みですが。

購入の動機のひとつとなった「カーラ・ブルーニ」の記事を読む。「40歳フランスのファーストレディとなった彼女が、出生の秘密、過去の男性、サルコジとの出会いなど、そのドラマティックな半生を赤裸々に語った」記事を。

けれど、なぜか、心に響くところがない。良くも悪くもだ。きっと、トップモデルでも歌手でもなく、ファーストレディという立場が、記事を面白くさせないのだろう。反感を買うことをおそれている人の記事が面白くなるはずはない。

「ジャッキー・ケネディの再来と謳われ・・・」ているらしいが、たしかに、周囲に何と思われようと、好きなようにするわ、という強さで、二人は一致しているかもしれない。一日一日をいかに快適に過ごすか、という基本的なくせにすっごく難しい問題を考えたとき、彼女たちの選択は、とても正しいように思う。なぜなら、彼女たちがもっとも恐れたのは退屈なのではないか、と想像するからだ。

081007_081801 赤いドレスの写真が素敵だった。もしかしたら・・・、とクレジットを見ると、やはり「アニー・リーボヴィッツ」。この間、彼女についての映画を観たばかりだから、彼女の作品を発見することができて嬉しかった。

地球上に同じころに生を受けて、ひとりはアニーに素敵な写真を撮ってもらい、ひとりは携帯でセルフポートレイトを撮っている。ああ。こうなったら一年以内に(一ヶ月でも一週間でも可)、どこかの屋上で、空を背景に写真を撮る、撮ってもらう、ことを目標に、日々、「美」への執着を捨てずに涙ぐましい努力を続けましょう。

10月 7, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/09/28

■ルオーの「熱烈な告白」■

Photo 駒ヶ根高原美術館で、メモした文章が、藤原新也のほかに、もう一つある。

***

芸術というものを私がこのように高く評価するのは真の芸術作品には「熱烈な告白」があるからである。

それを「永遠なるものの反映」などと大袈裟には言うまい。しかし単に表面だけの努力しか見えない者、目の前にあるものの反映またはその多かれ少なかれ正確な模写しか見えない者に対しては彼らをまごつかせるためにそういう言葉を使ってやりたい

***

ジョルジュ・ルオーの言葉。

それから三日くらい経って、以前書いたエッセイ(「マグダラの審美眼」)を整理していたら、驚いた。忘れていたわけではないけれど、頭のなかから消えていた。

清春白樺美術館のルオーについて語った文章のなかで、私は「熱烈な告白」にノックアウトされていた。

ルオーの作品が自分の胸を打つ理由を見たように思い、

「私が人生において、熱烈に告白したいことは何だろう。そもそも、それはあるのだろうか」

と、自問していた。

同じ言葉に、6年経っても、同じように新鮮に反応している。私が成長していないということか、それとも、単なる健忘症なのか、それとも、ルオーの言葉が強烈なのか・・・・・・。

とにかく、私は、はっとした。胸打たれた。

このあいだ創った物語に、それはなかったのだと思い知った。

熱烈な告白は冷えた魂からは生まれない。恥ずかしいほどに熱い魂からしか生まれないのだ。

「熱烈な告白」、しばらくメインテーマです。

9月 28, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |

2008/09/26

■秋だから、心変わり■

■藤原新也の言葉■のように、日々こころにひっかかった事柄を「フィクション・ダイアリイ」というカテゴリで、書き始めることにしました。

今までの、現在の心情を表す言葉、すくわれた言葉、については「言葉の泪壺」というカテゴリで続けてゆきます。

ずっと黒くしていた髪を明るい色にして一ヶ月が経ちました。

Photo 大好きな美容室「シエスタ」さんへ行き、「どんなに難しくても、色を明るくしたいんです!」とごねて、←イメージ写真を見せました。

「あれだけこだわっていた黒髪を、茶色にするんですか?! ほんとうにいいんですか?!」

「いいんです。心変わりしたんです。秋だし」

「・・・・・・。」

人々の感想はそれぞれですが、「また、どうして?」という質問には、「ここしばらくは明るく、オープンにゆくためです」と答えています。

またまたああ!!!

とみなさん、お笑いになりますが、私としてはいたって本気なのでした。少なくとも、軽井沢が氷で閉ざされるまでは頑張ります・・・。

9月 26, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■, ☆お知らせ・ご案内☆ |

■藤原新也の言葉■

駒ヶ根高原美術館」で、久々に藤原新也にふれた。

Photo_2

「メメント・モリ(死を想え)」と名づけられた薄暗い個室に、写真と言葉が、ぴったりと、ときどきちぐはぐに、響き合っていた。

黄色(きいろ)と呼べば

優しすぎ

黄金色(こがねいろ)と呼べば

艶やかに過ぎる

朽葉色(くちばいろ)と呼べば

人の心が通う

胸をつくほどの言葉の、もう、美しいというしかない、センスに、意味不明に跪きたくなり、暗い部屋でうずくまって、目をこらして、手帳にこの詩をうつした。

この美術館は、草間弥生、池田満寿夫の作品が充実していて、全体的に美術館が活きているかんじがして、とても好ましかった。

学芸員の方が個として存在しているに違いないと思った。

ところで。

草間弥生の部屋をちょこちょこと動き回る娘に、「このひとの絵、記憶にない?」と尋ねたら(以前、画集を一緒に観たことがあったので)、「くさまやよいでしょ、」とさらりと言った。

その私たちの様子に、私は、「ああ! この一瞬の光景を目撃した人は、私たちのことをどのように思うのだろうか?!」と思った。

「おかあさま、草間弥生の水玉模様の意味するところは、深層心理のうんぬん」

「そうね、彼女が現代の膠着した美術世界に空けた風穴の大きさはね。うんぬん」

といった会話などを想像するのでは、と(しないでしょうか)。

もちろん、そのような会話はしません(できません)。美術館でも、画集を眺めるにしても、

「このなかで、どれが一番好き?」にはじまり、

「これが一番好き!」「ふーん」「私はこれ」「ふーん」で終るのでした。

9月 26, 2008 ■フィクション・ダイアリイ■ |